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60兆1分の1

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「60兆1分の1」

意識体である私には、実は60兆の私が意識外にいる。

いわゆる細胞という存在で、意識しないで24時間ぶっ通しで

私という生命を支えてくれている。

わずか60兆1分の1である私を、である。

   そして、この60兆の私は、実は毎日、沢山、亡くなり、また、

誕生しているのだ。

  こう考えると、人間の死というのも、これらの私一人一人の死と生

と比べれば、わずかにそのうちの一つであり、そんなに大げさに

悲しむ必要がないのではないか。

  さらに、地球全体、宇宙全体で考えると、私1人がいなくなっても、

地球は自転を止めないし、また朝が来るし、鳥たちはさえずり、世界中の

人達も変わらぬ生活を始めるのだから。

  そして、私という存在は消えるが、どうも、とりあえず魂と呼ばれている

ものが、大きな光に迎えられて、再び、別の存在として、一つの生命体として、

生まれ変わる、という説を知った。そう思うと、私自身としては、死も

通過点であり、再出発するのであれば、いつまでも恐れや悲しみも不要な気が

するのだ。

  「人間はな、死ぬまで生きている」と禅の老師が説いていたと聞いた。

  さて、話は変わるが。

  はるか昔に、合成洗剤、界面活性剤が、動植物に悪影響を与えることを

知った。水環境を悪くしているのは、実は、一般人の生活排水であることも。

そして、昔から存在する「石鹸」なら、排出されても生分解されることも。

  それから、私は、この「石鹸」を使うことを始めた。私1人がそうしても、

日本の水環境に大してプラスにはならないのではないか、とふと、心をよぎったりした

が、すぐに思い直した。

  洗面所だけでなく、シャンプー、洗濯、トイレ洗いにも使っている。

  関西の水がめである琵琶湖周辺の住民が、石鹸を使い始めた。私たちに貴重な水源

を提供してくれている上流の人たちがである。その恩恵に浴している下流の私たちが

同じ意識を持って暮らすのは、あたりまえのように思える。

  洗濯機で名をはせて来たメーカーに勤務する私としては、粉石鹸を使っても、

製品寿命に影響しない製品を率先して開発してもらいたいと何度か、進言を

試みたが、残念ながら、製品化には至らなかった。洗濯ドラムなどに残る

石鹸カスなどで、どうしても、使用者には歓迎されにくい問題が残っている。

  私自身としては、製品寿命がどうであれ、もっと大切な環境を壊さない

方を選択することにしただけのことだった。

  人間は万物の霊長である、というが、しかし、同じ地球に住む動植物に

対してはお世辞にも褒められるような行動はとっていない。身近な例をあげよう。

  お庭があるとする。綺麗な花や樹木を植える。そこに自然に暮らす虫や

生えてくる草は、害虫、雑草として殺したり、抜き取ったりする。

虫たちは土を耕し、草は樹木と同じに、炭酸ガスを固定しているのに。

  私の庭には、小鳥の糞から芽を出した楓が立派な木になり、その葉には

小さな毛虫が沢山、発生する。知らずに首の上でつぶしたりすると、炎症を

起こすが、怒らない。蝶が好む山椒の木には大きな芋虫が、その葉を食い尽くし

蝶に化して旅立つ。地には蟻やミミズなどの虫が沢山暮らす。10前後の甕や

水槽や火鉢には、メダカ、川えび、ヤゴ、蜘蛛がいて、雨水と時たま補充する

水道水で生環境が保持されている。水草としては、水カンナ、金魚藻、水中花を

咲かせてくれる藻、なんとかいう草などが育つ。シダ、野草、カラー、斑入り

の紫や白い花を咲かせる菖蒲、そして、黄色や赤い花を毎年見せてくれるスイレン

葉を冬枯れさせても、暖かくなるとまた、大きな丸い葉を水面に広げる。

  本論に戻ろう。そう、私という存在は、60兆1個のうちの、わずか、そのうちの

1個であるにすぎない。

  なので、私は生きているのではなく、共同体であるもう一塊の60兆の私に

生きさせてもらっている、と言いたい。

  だから、だからだ。そんなに尊大に傲慢に、自己中でいてはいけないのだ。

  私は、浴槽の中で、足先から首、頭まで一通り、手で撫でながら、いつも、

私をいままで、支えていてくれて、本当にありがとう、おおきに、と心の中で

唱えることにしている。つまり、死ぬまでどうぞ、よろしく一緒に生きてゆきましょう、と誓い合う儀式をするのだ。

 

夙川のほとりにて 2018.06.26.  Spenser, e-Labo